台湾民政府について

台湾の地位に関する声明

1945年8月15日から始まる、台湾の重要な歴史事件及びその含意は以下の通りです。

1945年10月25日の日本軍の降伏式典は、たとえ降伏式典が連合国軍の開催したものであっても、戦時国際法においては、降伏式典の意義は一つの論争の無い時空点に過ぎず、「交戦国の占領」時期の開始を示しています。これは領土の割譲又は移転の手続ではありません。

サンフランシスコ平和条約の重点は、「誰が主たる占領国なのか」ということです。これは中国教育を受けた国際法学者が完全に誤解している所であり、実際、「征服者」こそが主たる占領国です。従って、1945年10月25日の降伏式典の後、台湾・澎湖地域が交戦国の占領下に置かれた時期においては、米国が主たる占領国であり、蒋介石の中華民国(ROC)集団は委託を受けて占領事務を代行したに過ぎません。言い換えれば、蒋介石の中華民国集団は副次的な占領国に類似する一つの占領集団です。軍事占領は「米国軍事政府」の下で執行されるものであり、1945年10月25日に米国軍事政府(USMG)は台湾・澎湖地域で既に成立しており、そして、占領地の台湾人民はとっくに「台湾諸島米国民政府」の「台湾民政府」を成立しているべきでした。

特に説明しなければならないのは、連合国軍がこれまで1945年10月25日にいかなる「台湾・澎湖の主権が中華民国に譲渡された」という事実も有ったとは考えていないということです。従って、非常に容易に理解できる事実は、1945年末当時の中華民国には二つの異なる身分が有ったということ、即ち第一に、中華民国は国際社会が承認する中国唯一の合法政府であり、第二に、中華民国は台湾・澎湖地域の副次的な占領国であったということです。この二つの身分は決して一緒くたにしてはなりません。

従って、以下三つの事件の発生はいずれも国際法における戦争犯罪に属します。

  1. 中華民国が1945年10月25日を「台湾光復節」と布告したこと。
  2. 中華民国が1946年1月12日に台湾人の中華民国籍への集団帰化を布告したこと。
  3. 中華民国が1949年末に、台湾・澎湖地域の男性に対して強制的に徴兵制度を施行したこと。

1949年10月1日に中華人民共和国が中国の北京で武装政変に成功し、中華民国は滅亡しました。中華民国は1949年12月中旬において、その中央政府を占領中の台湾に移転しましたが、国際法上これは自国の領土を離れ、自国の領土でない地域(日本の台湾地域)に移転する行動に属します。従って、国際法上この時中華民国は既に「亡命政府」になったと認定されます。又国際法の規定に基づき、いかなる手順、手続又は方法も一つの亡命政府を「現地の合法政府」にすることは出来ません。言い換えれば、一つの亡命政府は憲法制定、民主化、住民投票、総統民選、外交関係の拡大等々を含むいかなる方法を用いても、現地の合法政府、又はいわゆる主権独立国家へと自然に進化することは永遠に出来ません。

1951年9月8日に開催されたサンフランシスコ講和会議に、中華民国も中華人民共和国も招かれず参加しなかった理由は、前者は既に亡命政府となり後者は第二次世界大戦に参加していないからです。サンフランシスコ平和条約は1952年4月28日に発効し、第2条b項で日本政府が台湾に対する管轄権(施政権)を放棄すると規定され、そして国際法に照らせば日本天皇が台湾に対する主権又は所有権(領有権)を放棄するとは規定されていません。

しかし同条約の包含する地理範囲については、第23条が既に明示しているように、米国は日本の台湾地域の主たる占領国であり、上で述べたように、軍事占領は「軍事政府」の下で執行されるものです。同条約は第4条b項でこの「主たる占領国」の執行範囲が何かを非常に明らかに示しており、即ち同条項は米国軍事政府が第2条及び第3条の地域のいずれに対しても処分及び支配権を有すると明記しています。そして、同条約は又第21条で中国の受ける利益及び利点を明示していますが、日本天皇に属する台湾・澎湖地域はその中に含まれません。

米墨戦争及び米西戦争の慣例から検討し、非常に明らかに見出せるのは、一つの領土割譲にとって、占領国の軍事政府が講和条約の発効によって終了するものではなく、法的な「代替プログラム」が当該地域で完全に実行できることが必要であり、それで漸く占領国の軍事政府が終了すると言えるということです。現在米国の上院又は大統領はいずれも未だいかなる「占領終了通告」も宣言していないことが分かっており、いわゆる法的な「代替プログラム」とは全て一つの合法な現地「民政府(civil government)」を指します。

調べたところ、今日(2014年)に至るまであらゆる米国の関連書類のいずれにも、米国軍事政府の台湾に対する管轄権の終了を宣言したものや、米国が台湾で既に活動を開始した一つの合法な民政府を正式に承認したものは発見できず、「台湾民政府」が「政府形態の活動」を開始したことを黙認し始めているのみです。それ故、「林志昇等対米訴訟」の後に、以下の結論を得ることが出来ます。

  1. 日本天皇に属する台湾・澎湖地域は依然として占領中であり、米国が唯一の主たる占領国です。
  2. 中華人民共和国は中国唯一の合法政府であり、いわゆる「中国」は、台湾を含みません。
  3. 台湾・澎湖地域の人民が中華民国の身分証及び旅券を所持することは法的に誤りです。
  4. 米国連邦最高裁判所は「林志昇等対米訴訟」において既に、台湾の国際地位が依然として「日本天皇に属し、米国軍事政府の占領中」であると明確に判断しています。
  5. 又米国連邦最高裁判所の戦争後に対する判例法理に基づき、台湾人民は米国の憲法及び法律体系の下の基本人権保障を享受すべきです。
  6. 米国は日本の台湾地域で軍事指揮センターを成立し、日本の台湾地域の安全を保護すべきです。
  7. 米国在台湾協会は廃止され、米国の台湾における軍事指揮センターに替えられるべきです。